メジャー・リーグへの挑戦
「ある程度、想像していた通りですね」と、力強い目で語る川上憲伸。日本のプロ野球からメジャー・リーグに移籍する際に抱いていた印象との違いについて尋ねてみると、迷いなくこう答えた。「ただ」と付け足す。「意外とデータをもとに投球フォームを修正したりする選手が多くて。もっと力任せに投げているのかと思っていました」。
川上といえば明治大学を卒業し、中日ドラゴンズで球団のエースとしてマウンドに上がっていた投手。大学の先輩であり、監督でもあった闘将「星野仙一」氏との縁も深い。そんな彼に「メジャー・リーグでは乱闘事件が多いと聞きますが、これまで培われた技は活かせますかね?」と尋ねてみると、「そんなことしないですよ。こっちの選手はやはり体大きいですしね」と笑った。
またチームメイトには、日本語を教えるそうだ。どんな言葉か聞いてみたのだが、「人前で話せるような内容じゃなくて、ホントにくだらないことなので」と内容は分からなかったが、楽しそうな笑顔から、チームメイトと親しくしている様子が伺えた。
そんな選手同士のリラックスした雰囲気はメジャー・リーグならではのようだ。「こっちの選手は、みんな早く球場に足を運び、DVDで映画を見ていたり、トランプしたりしています。日本では考えられないですね。ただその分、個人の練習量は多いんですよ」。結果がすべてのメジャー・リーグは、世界各国から優秀な人材だけが揃う、厳しい戦いが強いられる場所だ。以前よりも意識して自分の時間を練習に回すようにしているという。
アトランタで感じること
「“CNNセンター”などの観光スポットには行きましたが、まだゆっくり市内を歩いたり、郊外のゴルフ場にも回れていないんですよ」。練習時間や引越し後の忙しさなども関係して、まだアトランタの街にも詳しくないという。
では街の人の印象などは分からないですよね、と尋ねると、「アトランタの人は、よく話しかけてくれたりして、温かい感じがします。でも私の英語力がいまいちで、何を言っているのかよく分からないんですけどね(笑)」と大らかに笑って答える。そのゆったりとした感じは、南部の温かい風にピッタリと合っていた。
取材はシーズンも終わりを迎えつつある9月に行われた。最後に「日本に帰ってしたいことは?」と質問。すると「みんなと酒が飲みたい。日本語で思い切り話しがしたいですね」と微笑みながら答えた。
インタビューを終え、一人ロッカー・ルームに戻っていく。日本から海を越えて、アメリカのアトランタで戦った一年。最後の言葉には、その心が投影されていたのだろうか。
しかし、去っていく彼の背中は、大きかった。
川上憲伸
1975年生まれ。明治大学卒業後、1998年にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。最優秀新人賞、最多勝利投手賞、沢村賞、最多奪三振投手賞など数々の実績を残し、2009年よりアトランタ・ブレーブスに入団。







